小田原城は、室町時代に西相模に進出した大森氏が築いた城郭が前身とされます。
1500年頃、伊勢宗端(北条早雲)が小田原に進出し、以後、北条氏が5代約100年にわたって関東での勢力を拡大してきました。小田原城は、関東支配の中心拠点として整備拡張されて、豊臣秀吉の来攻に備え、城と城下を囲む総延長9㎞に及ぶ総構の出現に至ってその規模は最大に達しました。
明治27年(1894)4月、二宮尊徳翁の教えを慕う6か国(伊豆、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の報徳社の総意により、翁を御祭神として、生誕地である小田原の、小田原城二の丸小峰曲輪の一角に神社が創建されました。
二宮尊徳像
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